
ここ最近ずっとインドの悟った聖者であるシュリ・クリシュナジとシュリ・プリタジの教えに沿って、
毎日瞑想やワークを実践しているのですが、昨日もまた圧倒的な癒しを体験しましたので書き残そうと思います。
一言で言うと、「パラレルワールド(別世界線)の体験」です❣️
これを読んでくださった方にも、私に起きた大解放の奇跡が伝播するよう意図を込めて書いていますので、
ぜひ受け取ってください☺️
前回の記事に続く癒しの大解放ですので、こちらの記事を先に読んでいただくと良いと思います✨
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昨日湯船に浸かっていた時、ふと自分の両手のひらを見つめていました。
ずっと前に神道について学んでいた時、右手は「お母さん」を意味し、左手は「お父さん」を意味すると学んだ時がありました(すみません逆だったかもしれません)。
要は、「自分」という存在は先祖の集合体だということを学んだのです。
それを象徴するのが自身の肉体の右半分と左半分だと。
自分とは、両親と、そのまた両親、そのずっとずっと上にいる先祖の集合体であるから、
自分1人ではないのだということを当時教えられたので、昨日はふと湯船に浸かりながら両手のひらを見つめていました。
左はお父さんで、右はお母さん….。
不思議なのですが、そうして手のひらを見つめていたら両親が目の前で私を見つめてくれているような感覚になったのです。
記憶の中の両親はいつもしかめっ面をしているか、喧嘩をしているか、父が母を罵倒しているか、母が父の悪口を言っているかのどれかでした。
父が母を名前で呼んでいるところを見たことはなく、いつも「おーい!」で呼んでいましたし、
2人が大げんかしていた時には父が母に、
「死ね!!!」
と言った時は非常にショッキングでした。
ですので私の記憶の中の2人はいつも不幸せな表情をしていたのです。
それが、昨日手のひらを見つめていた時にビジョンが浮かんだのです。
目を閉じるとそこには幸せそうな両親がいて、2人が私に向けてにこっと笑って、くるりと背中を向けて、2人が手を繋いで眩しい光のなかへ溶けていくシーンでした。
今までに見たことがないような幸せそうな仲睦まじい2人で、私は大号泣したのでした。
これは私がずっとずっと見たかった光景だったのです。
私が幼稚園の年長さんだった時、両親が大げんかして母が洗濯機の横にうずくまって泣いていた時のことをはっきりと覚えています。
その時に私は必死にお母さんに抱きついてなだめようとしていました。
いつも涙を見せなかった母がはじめて泣いたので私はびっくりしてどうすることもできずに、
うずくまる母に抱きついてただ母の頭を撫でていました。
そんなことが日常茶飯事だったので、幼い時から両親が不仲なのは当たり前なのだと思って育ちました。
そうしたことが重なって大人になったのと、両親への深い恨みがあって私は彼らと縁を切りかけておりました。
が、前回の記事に書いた通り両親への恨みの大解放が起きてすっかり楽になった後、
昨日両親が柔らかな笑みを浮かべて光の中に溶けていくビジョンが見えたのです。
さらには、私たち家族が不幸な路線に行かなかった世界線(パラレルワールド)が見えたのです。
今この世界線を生きてきた私は、14歳の時に父が経営する会社が倒産し、大豪邸を売り払ってボロボロの家に引っ越しました。
そして東日本大震災も重なり、その当時は家族全員の状況は幸運なものでもなく、
ずっと苦しい状況を生きてきました。
でも昨日見たビジョンの中では、そうならなかった世界線の景色が広がっていました。
ずっとあの大好きな家に住み続けた世界が続いていたのです。
14歳の私が一番ショックだったのは、自分が慣れ親しんだ家から引き剥がされたことでした。
それが、違う世界線では今もなお「実家」として存在し続けているのです。
あの表札が変わらなかった世界線だったのです。
14歳の時、引き剥がされるように家を手放し、いつのまにか表札が変わって他人が住み始めた時は涙が止まりませんでした。
でもビジョンの中では、私が帰省する場所として存在し続けていたのです。
目を閉じて実際の湯船の温度を感じながら、私はあの実家のバスタブに浸っていました。
帰省した時の大きなキャリーバッグは私の部屋に運び込まれていて、
駐車場には他のキョーダイたちの車も停まっていました。
14歳で家を出た時、キョーダイたちはまだ免許を持っていませんでしたから、
これは大人になった証だなと思いました。
人が何人入っても広く感じる玄関に立ち、家の匂いを深々と吸い込みます。
あの時と変わらない、キラキラした空気が漂っていました。
家を手放すと同時に業者に切られてしまった大きなイチジクの木は、今もなお生き生きとしていて、
あれだけ手入れが面倒だった芝生のお庭も愛おしいくらいに綺麗に整っていて、
当時は一家団欒なんて地獄の時間でしかなかったのに、みんなで一つの部屋に集まって仲良くご飯を食べていて、
父は会社で会長職になっていて、趣味の飛行機のプラモデルに没頭していて、
母は趣味の絵画や手芸ができていて、当時子どもたちがまとまって勉強できる「勉強部屋」があったのですが、母のためのアトリエとなるべくリフォームされていました。
私のキョーダイも事業でそれぞれ成功していて、全員が豊かで、
私はいつのまにか叔母さんになっていて、
学生時代に仲が良かったけど喧嘩別れしてしまった子とは今もめちゃくちゃ仲が良くて、
大人になっても付き合いが続いていて、
春になれば庭の梅の木が満開になって、
夏になればみんなで駐車場で花火とBBQをして、
秋になれば庭の畑からたくさんのお野菜がとれて、それを一緒に料理をして、
冬になれば早朝にみんなで雪かきをして….
そうしてビジョンが目の前で続いていて、私は涙が止まりませんでした。
とても美しいビジョンでした。
私は、他の人たちが体験してきた家族団欒をはじめて体験しました。
みんなが仲の良い家族。みんなが心も豊かで、物質的なものも豊かで、優しさで溢れている世界でした。
そうして私は湯船に浸かっていた数分の間で違う世界線の春、夏、秋、冬、全てを体験しました。
私たち家族が、心の底から平和だった世界線でした。
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現在の世界線を生きてきた私は親元を離れた時、
「もう誰のもとにも帰らない」と強く決意していました。
そして本当に、帰る場所がなくなりました。
「天涯孤独」という言葉は知っていましたが、自分がそれに該当していたとは気づきませんでした。
毎年お盆やお正月で帰省する人が羨ましいなと思っていました。
そうしていつも他者と比較して憂いていたと思います。
それが、昨夜違う世界線を生きていた私を体験して心から解放されたのです。
深い孤独感からの解放です。
ずっと孤独を好んでいたのですが、「繋がっている感覚」がこんなにもあたたかいものだとは知りませんでした。
帰る場所がある感覚。
そうして不幸な記憶が全て光の中に溶けていきました。
今の私は、昨夜見た世界線の延長を生きています。
たとえ外側から見た事実は変わらなくても、心の状態だけはあの世界線の私の状態なのです。
これはかなり大きなことで、目の前の現実が何も変わっていなくても心の状態がとても幸せなのです。
私はようやく、これまでに知らなかった家族のあたたかさを知ったのでした。
そうして昨日からずっとこの永遠の幸せは私のハートの中心から溢れ出していて、
久しぶりにぐっすり眠れたのでした。
普段は朝10時以降も眠り続けてしまうのですが、今日は朝6時にはスッキリと目覚めることが出来て、
やりたいことに穏やかに取り組むことが出来ています。
ハートを中心に呼吸をしていると幸せな感覚が溢れ出てきます。
季節が秋っぽくなってきた今、こうして呼吸しているだけでも幸せです。
解放が起きると本当に幸せです。
この宇宙には無数の世界線があると言われています。そして私もビジョンを通してそれを体験しました。
そうしてその世界線から引き継いだ心の状態を維持して、今も幸せに生きています。
これから先、バタフライエフェクトのように素晴らしいことが起こるのだと確信しております。
なぜならこんなにも幸せだからです。
「先祖は全て、あなたの中にいる」
という言葉は本当だと思いました。
今も両手のひらを自分の方に向けて見つめると、両親が柔らかな笑みを浮かべて私を見つめてくれていることが分かるのです。
「あぁ、彼らはずっとここにいたんだ………。彼らの透き通った本物の愛は、ずっとここにあったんだ……………。」
そんな感覚になります。とてもあたたかい感覚になって、涙が込み上げてきます。
彼らと繋がっている感覚があるので、無条件の安心があります。
それは子どもの頃、無条件に感じていた安心感のようなものです。
私の好きなアニメで、自分の境遇と似すぎていて感情移入したアニメキャラがいます。
そのキャラは不幸な家族関係で家庭内が崩壊し、最終的には全員が死んでしまうのですが、
自分も第三者に殺される直前に家族の本物の愛を思い出すのです。
そうして、「あぁ、(彼らからの愛と、彼らの存在は)ここに、いたんだ….。」と呟きながら胸の中心に想いを巡らせるシーンがありました。
私が今まさにそんな感じなのです。
家族と仲が良好な方はきっとさらに繋がりを深め、仲が良くなかった方は何らかの解放が起こると思います。
これは、無理に相手を許そうとするものではありません。
私は相手を許そうと意図して取り組んだものではありませんでした。
でも、結果的に相手の苦しみと繋がり、慈悲となりました。
あなたにはどんな奇跡が訪れるのでしょうか?
私はそれが楽しみです^^
これを読んでくださった方にも深い解放が起こりますように。
