
今日は、インドの悟った聖者であるシュリ・クリシュナジ&プリタジご夫妻から学んだ、
人生を破壊する苦しみの一つである「残虐性」について書いていきます。
残虐性がもたらすものと、それの解放の仕方、そしてそこから解放された私がどうなったのかをお伝えします。
クリシュナジ&プリタジご夫妻の教えは非常にシンプルです。
自分の人生は、自分の心の内側の状態が反映されたものであるというもので、
その心の状態というのは、
・美しい状態
・苦しみの状態
の二つしかありません。
美しい状態であれば人生がどんどん豊かで幸せなものになっていきます。
その美しい状態というのは、内側に苦しみがない状態のこと。
苦しみとは、
怒り、悲しみ、恐れ、残虐性、比較のことを指します。
私たちが苦しんでいる時、必ずこの5つのうちのどれかに当てはまります。
今日はそのうちのひとつである「残虐性」についてお伝えしようと思います。
で、「私は残虐性は関係ないわ。」と思ったそこのあなた、
実は関係がある可能性が大ですのでこの先もぜひ読み進めてみてくださいね^^
【残虐性】とは、
自分が相手に嫌なことをされた場合、相手にも同じかそれ以上の苦痛を味わわせても良い
という考えのことをいいます。
私は「残虐性」という言葉だけを聞いた時、「遠い国で起きている非人道的な行為」が思い浮かび、
「もちろんダメな行為だけど、直接的には私とは関係のないことね。」
と思いました。
しかしその定義を知った時、
「あ….私とばりばり関係のあることであって、なんならその苦しみを一番抱えているものかもしれない…。」
と思いました。
なぜなら少し前までの私は、相手に攻撃された場合は徹底的にやり返さないと気が済まなかったり、
相手がどうなってもいいと思っていたからです。なんなら相手に子どもがいたのなら、その子どもに罪を償わせてもいいと思っていました。
でもクリシュナジ曰く、
「残虐性を持っていると、自分の内側を蝕む。ずっと苦しみ続ける。」
というのです。
ですので解放される必要があるのです。でもこれは、相手を許すという意味ではありません。
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私の中の「残虐性エピソード」といえば、過去にこんなことがありました。
私がホテルで働いていた時のことです。
出勤するために自宅を出たところ、雨が降っていました。
私はそこで
「新しい傘が欲しいな。」
と思ったので、近くにあるスーパーに行ってとっても綺麗な白い傘を買ったのです。
一目惚れでした。
美しい刺繍が繊細な花のラインを彩っていて、これなら雨の日でもすごく華やかな気分になれる!
と思ってとっても嬉しかったことを覚えています。
そうしてるんるんで出勤し、仕事を終えて帰ろうと傘たてを見たら….
ないんです。
私の買ったばかりの美しい傘が。
一瞬で怒りに燃えました。
・自分が雨で濡れないためなら、人の傘をとってもいいと思う感性
・その安易な考え方
・普段真っ当に生きている自分がこんな場面で不利益を被る事態になる理不尽さ
それら全てに腹が立ちました。
で、このあとどうしたのかと言いますと。
傘たて付近に設置されている監視カメラがあるので、上司にそれをチェックして欲しいと頼みました。
しかし、「傘をそこに置いておくのが悪い」と意味不明なことを言われ、私は憤慨。
警察に通報までしたんです。
「これは立派な窃盗だ。そしてお前らはこういったことが起きても平気で見逃す。それならお前らも共犯なんだな。」
と。
(これは今振り返ると凄まじい怒りに身を任せて行動したんだなと思い、お忙しいおまわりさんには申し訳ないことをしたなと思っております。もし今傘を盗まれたとしたら通報はしないです)
上司が犯人を否定せずに私のことを嘲笑ったことが許せなくて、私はホテル内で静かに大暴れしていました。誰にも分かってもらえず、唯一共感してくれたのが元ヤンの先輩と、オネエのお客様でした。
こうなったら絶対に犯人を見つけて痛めつけてやると決意しました。私は傘を盗まれただけでなく、上司から心ないことを言われて余計に傷ついたのだから、絶対に痛めつけてやると決めていました。
この一連の流れは割愛しますが、結局、上司がおれて監視カメラをチェックしてもらうことになったのです。
今思い返しても普通に監視カメラを見ればいいだけの話なのですが、なんといってもホテルには従業員が何百人といるので見る側も大変ということから断られていました。
そうしてようやく監視カメラを隅々までチェックしてもらった結果、犯人がヒットしました。
カメラをチェックしてくれた総務の方に呼び出され、その犯人と対面することになります。
私は犯人をぶちのめす勢いでその部屋に入っていきました。
そこに座っていたのは、50代の太った女性でした。
「汚い。」が第一印象でした。見た目も、中身も。
制服を見るに、ホテル内のどこかのレストランに勤務されている調理師だったと思います。
私はガチガチに詰めました。
わたしは当時20代前半。親子くらいの歳の差がある女性を相手にキレ散らかしました。
でも相手は「間違って取ってしまったんです。」の一点張り。
「それならばあなたの本当の傘を証拠として出せ」
と言っても、
「もうその傘も見当たりません」と言われる始末。
会話は平行線で、結局わたしは、
「あなたのような汚い人に使われた傘はもう二度と使用できません。この傘は当時買ったばかりの傘でした。弁償してください。」
と言って、傘代を弁償してもらいました。
それでも怒りが収まらず、その後も私は更衣室でたまにその女性と会う時は舌打ちをして、わざと肩をぶつけたり、睨みつけたり、バイ菌のように扱っていました。
本当に、何してもいいと思っていました。
こっちが正しいのだから、相手がどうなろうがずっと苦しめばいいと思っていました。
そうやって嫌われて、孤立していけばいいと思っていました。
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性格は血筋でもあるそうです。
私の父方の家系は警察官一家で、いわば正義感の塊です。
私もその血をしっかりと受け継いだのか、「ルールから逸脱した行為」にはかなり厳しい目を持っていると思います。時間を守らない人とは絶対に付き合わないとも決めていました。
だから、悪い奴には何してもいいと思っていました。
この傘事件から何年も経った今、私はこのエピソードを「勲章」のように思っていました。
ですのでたまに傘だけでなく何かを奪われた人に対して、この「勲章エピソード」を話しては相手に復讐のすゝめを話し、悦に浸っていたと思います。
「どうだ、私はこんなに強いんだ、正しいんだ、制裁を下したのだ。だからあなたも不利益を被ったらそうすべきだ。そうしていいのだ。だってあなたが正しいのだから。正しさこそが一番なのだ。戦え、戦え、相手を潰せ。」
と。
しかし、クリシュナジの教えを学んだ時、これは「残虐性」だと分かりました。
そうしてその瞑想プロセスの後、ふと思いました。
”もしあの傘を盗んだ女性が、本当に傘を取り間違えていたとしたら?”
”もしあの女性が車通勤ではなくて、雨を凌げなくて、例えば娘さんのためにホテルのケーキを持ち帰ろうとして、濡れないために一時的に傘を”借り”たとして、本当は返すつもりだったとしたら?”
”そしてその返すことを忘れていたとしたら?”
こうして色々な仮説が思い浮かびました。
そこで初めてあの女性の立場から考えることが出来ました。
私はこれらの仮説をひとつひとつ考えながら、しばらく呆けていたと思います。
「あそこまで彼女を追い詰める必要はなかった。」
そう思って、長年内側に秘めていた怒りや「痛めつけてやった」という思いはすーっと消えていき、
残ったのは、
「もうこんなことしたくないな。誰とも争いたくない。誰のことも傷つけたくない。」
という感覚でした。
あの女性も苦しかったのだと。
”確かに私目線ではよくないことだったけど、あの女性の目線でしか分からないものもある。”
もしくは本気であの傘を手にしたいと思ったのかもしれない。それくらい美しかったですし。
そのためのお金もなかったのかもしれない。ひょっとしたら生活に困窮していたのかもしれない。
あの髪の毛の質感を見たらご自身のことにお金をかけていないことは明白でした。
結果はどうであれ、私があそこまでする必要はなかったなと思いました。
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そうして気づいた時、すーっと楽になっていきました。
この時くらいから、テレビでたまに映る「犯人」の明確な苦しみが分かるようになりました。
印象的だったのが、少し前にナイフを振り回して、警察に脚を撃たれて確保された男性です。
以前の私なら「早く撃っちゃえよ!!」と思っていたと思います。
でも「慈悲」に目覚めた今の私は、テレビに映った犯人の目を見て彼の深い苦しみが分かりました。
彼を通して、深い悲しみが伝わってきたのです。
わたしはその場で涙を流しました。
彼の深い苦しみが彼にナイフを握らせたことが分かったのです。
こうした行為はもちろん許されることではありませんが、彼の深い悲しみがここまでの行為にさせた背景を想像し、私はこの世界にある苦しみを少しでも多く消していかなくてはならないと思いました。
これは以前の私なら思いつきもしなかった考えです。
”悪いことをする人には、何をしてもいい。なんなら犯罪の抑止となるように見せしめでもすればいい”
本気でそう思っていました。
確かに過激なものは抑止に繋がります。
でももっと、慈悲に目覚める必要があるとも思いました。
かつてあらゆる「復讐」に燃えて苦しんだ私でも、慈悲に目覚めたら毎日が豊かになりました。
だから誰もがこの苦しみから解放されたら、世界はもっと美しくなると思います。
「残虐性」に関するエピソードをもうひとつ。
私はアクセサリーのネットショップを運営しているのですが、
アクセサリーを買った方に向けてラッピングもして、梱包も完了し、もうあとは配送会社に渡すだけ…と思った時、
「すみません、キャンセルさせてください…。理由は別のサイトの商品と間違えて買ってしまって…。」
と連絡が入ったのです。(うちのショップは基本的にキャンセルは受け付けていません)
そこにはだらだらと言い訳が書いてあったのですが、
私は怒りが湧きました。
間違えて買うってどういうこと…??? どうやったら間違うの…??
カードの入力とか、配送先とか、それらを打ち込んだ後に「ご注文はこれでよろしいですか?」っていう確認が何度もあるよね??
そこを全部クリアした後に「間違えました」って、無理があるよね???
は???
梱包まで出来ているのに??メッセージカードも入れて、ラッピングもして、これもお金と時間がかかっているのに、嘘とわかる言い訳までして、人に損をさせるってどういう神経しているの…??
と思いました。
あとはなんと一度、商品の入金がなくばっくれられたこともあります(!)
空のヒーリングのPDFの注文があったのですが、その入金がなく、私ははやくその情報を届けたい一心でデータをお送りしてしまっていたのです。
でもその後、入金がなかったのです。
何度も問い合わせをしました。でも全部無視されました。
すごく残念な思いになりました。
奪われた…と思いました。
「そんなことをするから、救われない人生なんじゃん。きっとあなたは何をしても無駄な人生になるでしょうね。」
と思いました。
もうこれについては追ってもいないのですが、最近「残虐性」について学んだ時、ふとこれらの事件に思いを馳せたのです。
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「もし彼女たちが生活で困窮していて、注文をキャンセルせざるを得ない状況だったとしたら?」

↑(最近予約していたフィギュアが届いて嬉しいです♡)

大好きなキャラであるロシアンマフィアのバラライカお姉様✨
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”もし彼女たちがもっと優先させるべきの支払いが出来てしまって(例えば入院費用といった緊急性の高いもの)、なくなくキャンセルしたとしたら?”
”そうしたら、本当のキャンセルの理由を言えるだろうか?”
”入金せずにばっくれた人は、たまたま入手できたデータでものすごく大きな苦しみが消えたとしたら?”
とまあ、相手の苦しみに思いを馳せてみたら怒りに支配される時が大幅に減りました。
このブログを読んでくださった方には100%幸せになって欲しいと思っていますが、
以前は、「画面越しだからといってその態度で人に接してくるなんて、スピリチュアルのせいにする以前に、あなたの人間性が悪い現実を作っていますよ。」
と思うことが多々ありました。
これにも気づいて欲しいなと思います。
しかし自分の残虐性に気づいた時、慈悲に目覚めていきます。
慈悲に目覚めると相手と繋がりやすくなり、素晴らしい人間関係を紡ぐことが出来ます。
すると必然的に豊かさがなだれこんできます。
私もこの現象を身をもって体験しています。
これはお金になったり、素晴らしい人に出会えたり、チャンスや気づきとなったり、様々です^^
ぜひ一度、「残虐性」についてご自身の内側に潜ってみてくださいね✨
そして、人にやった行為は良いことも悪いことも倍になって返ってくるというカルマの法則があるので、無闇なキャンセルは本当に悪いことが起きるのでご注意くださいね。
あなたが素晴らしいカルマを重ねていけますように♡

最近、美味しいフレンチが食べたいなーと思っていたら、ミシュラン店にいきませんか?とお誘いがあり行ってきました✨✨やっぱり食の引き寄せは得意すぎます^^

試合開始✨

私は料理が好きではないのでもちろん知識も皆無….
目の前で作ってくださるシェフの解説を聞いても、
「すごいですね。」
しか言えないのですが、

やっぱり美味しい✨
きっと美食家の方ならもっと良いコメントを言えるのでしょうけど…^^;
今日は叡智の一つである「残虐性」について書きました。
あなたの中にある苦しみの一つから解放されて、素晴らしい毎日となりますように✨
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