
今回は、読むだけで自我の苦しみから解放されて、豊かな世界が広がり、永遠の幸せを体験できるように意図して書いています^^
死後の世界についても書いているので、あちらの世界へ旅立った人やペットにも思いを馳せてみてください。
さて、ブログではかなりお久しぶりですね。
夏頃から編んでいたニットが完成しました✨

ごわごわ感があって心配でしたが水通しをしたら、

綺麗に目が揃いました✨

サイズもぴったりです^^
お盆中に甲子園を観ながら編んでいたのですが、ようやく完成しました。
この時期は色々と考えさせられることが続いた時期でした。
以前お世話になった方が亡くなったというお知らせが入ったのです。
その方とはかつて一緒にホテルで働いていた先輩で、たったの36歳でした。
ユーモアのセンスが素晴らしく、お仕事ではむしろその方に会いに行くために行っていたようなものでした。
出会った当初の先輩は既に脳腫瘍を患っていて、何かの会話の拍子に自身の頭に人差し指を突きつけては、
「こいつと一緒に生きているもんでね。」
と笑いながら言うのがその先輩の口癖だったと思います。
私が退職してからは長らくお会いしていませんでしたが、お誕生日にご連絡をしても一週間以上ご返信がなかったため、その方のご友人の方に連絡してみたところ、
「あぁ、あの子とは何ヶ月か前に一緒にご飯を食べたんだけど、今は脳腫瘍の進行が進んで認知の方も難しくなっているはず。だから最近はあの子のお母さんが代わりに連絡をとってくれるよ。あの子に伝えたいことがあるならボイスメッセージを送ってみて。お母さんがあの子の耳元にスマホを持って聞かせてくれるはず。」
とお返事が返ってきました。
私はすぐさまボイスメッセージを先輩に送り、お友達には先輩のお母様にスマホをチェックしてもらうよう頼みました。
そして数時間後にお母様からボイスメッセージに対する返信が入りました。
「今、娘にメッセージを聞かせました。目をしっかり開いて聞いていたので、きっと伝わったと思います。なおさん、ありがとうございました。」
私はこの文章を読んでしばらく呆然としていました。
「きっと伝わったと思います」
ということは、先輩は寝たきりで会話が出来ないということ。
かつて先輩と一緒に働いていた時、仕事終わりの深夜2時に誰もいない大きな道路のど真ん中を手をひらひらさせて踊りながら帰っていった先輩は、もう踊ることすらできない…。
そう、先輩はダンサーだったのです。
艶やかなメイクを施してよくダンスの大会に出ていました。
私はダンスの分野には疎すぎて自分で踊れると言ったら盆踊りくらいしかないのですが、
先輩をきっかけにダンサーのインスタグラムを見るようになったり、「ダンスで泣ける」ということも知りました。
そんな先輩は今寝たきりで会話もできない…。
驚きを通り越して呆然とスマホを握りしめたまま、私は先輩の姿を思い浮かべていました。
そのことがあった数ヶ月後であるお盆に、先輩はあちらの世界へ旅立ちました。
「残念なお知らせがあります、本日17時頃に○○は永眠しました。」
私は編み物を編みながら甲子園を観ていました。
スマホの通知欄で「残念なお知らせがあります。本日17時頃に」の後は見えなかったのですが、
その瞬間に全てが分かりました。
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私は何度か臨死体験をしているのですが、死は悪いものではありません。
あらゆる苦しみが消えるからです。
肉体の痛み、精神的な痛み、全てが消えます。
私は先輩とはもう二度と会えないことに寂しいなと思ったのですが、
同時に先輩があらゆる苦痛から解放されたことに安堵しました。
私が心臓発作を起こして意識を失った時、
本当に楽で、気持ちが良くて、清々しく、美しい世界に行きました。
そこには幸せだけが広がっていました。
ただそこでは何年も前に亡くなった大叔母に、
「なおちゃんはこっちの世界に来るのはまだ早いよ。だからもう、お帰りなさい。」
と言われてこちらの世界に戻されてしまったのですが、
死は私たちが思っているようなものではありません。
誰かの死に悲しみを覚えるのは、もう二度と会えないという悲しみや、「どのように死んでしまったのか」に対する悲しみがあるからです。
もちろん悲しいということには変わりがないのですが、
あちらの世界では苦しみから解放されています。
もし故人に対して強い悲しみがある場合、少なくとも「あらゆる苦しみからは解放されています」ということだけは言えます。
私は臨死体験をしたからか死後の世界がどれだけ楽で幸せなのかを知ってしまい、こちらの世界での幸せよりもはやくあらゆる苦しみから解放されることを願って自殺未遂ばかりを繰り返しました。
でもある時、死ななくても死後のような苦しみのない世界を自分で体現できることが分かりました。
苦しみの正体は「自我」なんです。
「自我」は「自分を守ること」で精一杯です。
そして「自分を守ること」によって生じることが苦しみにつながります。
・他者と比較して苦しむこと
・許せない思いを抱え続けること
・自分や誰かを責め続けること
などなどこれら以外の苦しみもたくさんあるので今後もひとつひとつ解放について書いていこうと思いますが、
「自我の死」が苦しみからの解放なのです。
自我は思考のことでもありますが、そこから解放されることなのです。
わたし達は大きなひとつの意識で、本当の姿が意識です。
意識は永遠で、何からも影響されず、生まれることも、死ぬこともありません。
空間と同じなのです。
広大な空間があって、それがどこまでも続いています。
想像してみてください。
その広大な空間が本当のあなたです。
その空間に誰が来ようと、一匹の犬が紛れ込もうと、その犬を追いかけてきた大きな犬が走り回ったとしても、あなたには何の影響もありません。
空間は全てを包括します。
あなたは空間ですので、足りないものはありません。
あなたは空間ですので、何かから守る必要もありません。
あなたは空間ですので、人から認められる必要もありません。
あなたは空間ですので、「——————」する必要もありません(お好きな言葉を入れてください)。
私たちが苦しんでいるのは、この空間に漂う雲を「自分」だと思うことなのです。
そして「苦しんでいる」のはこの雲であって、あなたではないのです。
あなたが苦しい時、よく観察してみてください。
その苦しみを訴える存在を、外から眺めてみてください。
防犯カメラ越しにあなたを覗いた時のように、その苦しみを探してみてください。
決してその苦しみを掴まず、浸らず、その苦しみの形を捉えるかのように客観的に見るのです。
このトレーニングをすると、ふとした時にこの苦しみがふっと消える瞬間が現れます。
何度もやるとこの苦しみからすぐに逃れることができるようになり、しまいには本当の自分ではなかったのだと気づけるようになります。

防犯カメラの視点であなた自身を見てみてください。
そしてその姿をあなたではなく他人を見るような感覚で見るのです。
「そこに苦しみはありますか?」
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さて、最近わたしの脳内ジュークボックスで何度もリピートされる曲があります。
リンキンパークの「Breaking the habit」という曲が何度も何度も何度もわたしの頭の中で再生されるので、これはどうしてかな?と思ったのです。
タイトルの直訳としては「習慣を断ち切る」、「悪い癖から抜け出す」というものですが、
まさにこれは思考の癖から抜け出して、というメッセージだなと思いました。
脳はこれまで親しんだ習慣を続ける習性があります。
これに気づいて、立ち止まって、矯正していくことが大事です。
気づいたらわざわざ声に出して、
「今、これまでのこの習慣を再生した。これをやめていこう。」
というように、です。
そうしてただやめるのです。
しかし数分後には同じような思考をまた繰り返しているはずです。
これは脳の仕組み上習慣されたものですから当然のことです。
そうしたらまた立ち止まって、わざわざ声に出して、よし、気づいた、やめようというふうにしていくのです。
するとその思考の回路は不要な道路とみなされ、どんどん解体されていきます。
そうすることによって昨日までのあなたは消えていなくなり、新しい人生が用意されていくのです。
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さて、今回は死後の世界や自我とのお別れについて書きました。
あなた自身が空間であることをイメージして、ハートのあたりを清々しい風が吹き抜けていくところをイメージしてみましょう。
その風がどこまでも吹き抜けていき、どこかへ去っていきます。ただそれを感じてみるのです。
これは以前講座でお伝えしたワークですが、ストレスから解放されて今すぐ穏やかな境地になれるので、
ぜひ実践してみてくださいね✨
